固定レイアウトのEPUBって何なのよ?
- ろす
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今回から、EPUBの固定レイアウト(Fixed Layout)について、徐々に踏み込んでゆきたいと思います。
ここで主に扱うのは2012年3月13日に発表されたInformational DocumentであるEPUB 3 Fixed-Layout Documentsという文書。EPUB3の仕様本体からは切り離された位置づけにある文書ですが、出版デジタル機構や緊デジ(コンテンツ緊急電子化事業)の制作フォーマットとして利用される可能性もあり注目です。
- 電書ちゃん
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今日は入門者の立場に立って容赦なくツッコむわよ、覚悟しなさい。
そもそもEPUB=リフローが一般的な理解だと思うんだけど、固定レイアウトは、リフローしないレイアウトよね。つまり、ディスプレイや文字の大きさによって行の折り返しやページ区切りの位置が変化したりしないのよね。
何でリフローしないコンテンツまでEPUBで制作するわけ?
この辺の背景をあんたは説明できるのかしら?
固定レイアウトが策定された背景
- ろす
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いきなり厳しいツッコミっすね。じゃあ質問で返しちゃう。
EPUBのコンテンツにはHTMLとCSSが使われているわけだけど、あらゆるWebサイトのデザインが、EPUBでも表現可能になっていると思う?
- 電書ちゃん
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うーん、無理ね。
EPUBの場合、いろんな端末やソフトで読まれることを前提にしているから、ピクセル単位でかっちり設計されたレイアウトは向いてないわよ。
CSSで使う単位で言えば、「em」とか「%」みたいに相対的な値を使うのがセオリーよね。
- ろす
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そう。いわゆるリキッドレイアウトとかエラスティックレイアウトと呼ばれるデザインの手法しか事実上採用できない。
でもコンテンツにはいろいろあって、小説みたいなテキスト中心のコンテンツならリフローによってレイアウトが変化しても、表現上それほど問題にはならないんだけど、雑誌や絵本、マンガみたいにレイアウト自体がコンテンツの重要な表現の一部になってるものもあるわけです。
そういうコンテンツもEPUBで扱えるようにしたい、EPUBとして販売できるようにしたいってニーズが、EPUBの利用者の中にもかなりあったんよ。
- 電書ちゃん
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ニーズだけじゃないでしょ。AppleのiBooksはとっくに実装まで進めちゃってるわよね。
※画像差し替え予定 - ろす
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うん、実はAppleだけじゃなくて、Sony、Barnes & Noble、AZARDI…、いろんなベンダーがコンテンツの制作者や供給者のニーズに応えるために、EPUBで固定レイアウトを扱うための拡張仕様や実装を作り始めようとしていた。
このままではEPUBの拡張が乱立して、標準としての意味がなくなっちゃう。コンテンツの制作者もいろんな拡張に対応するのは大変。
そんな危機感から、IDPFではワーキンググループを立ちあげて、固定レイアウトの仕様を正式に定める必要が出てきたわけ。
それで昨年(2011年)10月の台北でのワークショップを皮切りに、策定を行なっていたんだ。
- 電書ちゃん
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前から思ってたけど、EPUBってW3CのCSSなんかと違って、ビジネス的なタイミングの影響をすっごく強く受けちゃう標準よね。
- ろす
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「受け」か「攻め」かと言われたら、自分はどちらかと言えば「受け」ですね。
- 電書ちゃん
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そ、そういうネタ興味ないから。
- ろす
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…………はい。
単に優れた出版フォーマットの標準を作りたいだけならHTML5やCSS3の勧告をゆっくり待ってから取り入れればいいだけの話なんだけど、それじゃビジネスに間に合わないから、EPUBとしては策定途上の仕様も取り入れざるをえない、みたいなことが起きちゃう。
でもそういうビジネス的な要求に応えられるところに、EPUBという標準の存在価値があるとも言えるし、仕方がないことかもしれないね。
固定レイアウトのEPUBとは
- 電書ちゃん
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さっき話に出たことだけど、固定レイアウトのコンテンツとは、CSSでピクセル単位でレイアウトされたものをイメージすればいいのかしら。
widthやheightやfont-sizeがピクセル単位で指定してあったり、文字や画像の位置がposition:absoluteやposition:relativeで配置されてたりするみたいな。
- ろす
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それももちろんそうなんだけど、ほかにもいろいろあるんだ。
- ピクセル単位でデザインされたHTML文書
- ページをまるごと1枚の画像(JPEG、PNG……)にしたもの
- ページをまるごと1つのSVG文書にしたもの
1は電書ちゃんが挙げた例。
2はいわゆる「自炊」だよね。出版デジタル機構や緊デジで検討しているのもこれ。英語圏では、こうしたページ画像をベースにしたコンテンツはレプリカ(Replica)と呼ばれるみたいだ。AmazonのKindle Print ReplicaとかBarnes & NobleのDigital Replica Plusとか。
3はHTMLの代わりにSVGを使ったものなんだけど、まだビューワの実装が進んでいないので利用例は僕の知る限りない。
実は、2は結局画像をHTMLかSVGの中に記述しなくちゃいけないので1や3と併存できるんだけど、重要な特徴は1枚のページ画像以外何も情報を持っていない点だね。
- 電書ちゃん
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いろんなやり方があるのね。
- ろす
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各ベンダーが想定する固定レイアウトがそれぞれ違っていたからね。iBooksは1を実装していたし、マンガや雑誌を画像で表現しようとしていたSonyやBarnes & Nobleは2をやろうとしていたし。
ただ、どのやり方でも共通しているのは、ページの単位があらかじめはっきりしている(pre-paginated)こと。1つのアイテム(HTML/SVG文書、画像ファイル)がちょうど1ページ分の内容を持っている。これが固定レイアウトの定義といえるね。
- 電書ちゃん
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リフローの場合は、アイテムのどこでページが切り替わるのか、表示してみなければ分からないから、この区別は分かりやすいわね。
- ろす
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そしてEPUB 3 Fixed-Layout Documentsは上記3つの、どのやり方でも利用できるようになってます。
- 電書ちゃん
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つまり「総受け」ね……ゴクリ。
- ろす
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ん?
PDFじゃダメなの?
- 電書ちゃん
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性能的な部分では、どうなのよ?
あんたEPUB推進派のくせに、ちょっとEPUBのレイアウトに文句言う人がいると、「そんなに拘りたいならPDFでよくね?」って逃げるわよね。
PDFの得意領域だった固定レイアウトを、EPUBでやるメリットはあるのかしら。
- ろす
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「フォーマットの性能の違いが、表現力の決定的差にならないことを、教えてやる!」
- 電書ちゃん
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あ、そういうネタいらないから。
- ろす
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…………はい。
ちょっとFlash vs HTML5みたいな話だよね。
でも最初に確認しておくけど、この仕様が必要となった最も大きな動機は、独自拡張の乱立を回避するためであって、EPUBがPDFに取って代わろうとするものではないよ。
正直、潜在的な表現力はそんなに変わらないと思う。
ただビューワの違いによる表現のムラはPDFの方がはるかに少ないだろうね。データの再利用性やWebテクノロジーとの親和性はEPUBの方が高いはず。
あと、固定レイアウトにEPUBを採用した理由として、最もよく聞かれるのはページめくりの速さだね。雑誌のページをまるまるJPEGやPNG画像にしちゃったようなコンテンツをパラパラめくるのに、PDFでは快適な速度が出ないらしい。
- 電書ちゃん
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ちなみに出版デジタル機構が固定レイアウトの制作フォーマットからPDFを除外した理由には、
- 電子書店で配信している例が少なく、既存の電子書店が採用している専用ビューワでは閲覧できない
- クロスプラットフォームのDRMがない
※中の人によれば、クロスプラットフォームのDRMが存在しないのではなく、書店や制作者から見て「普及していない」とするのが適切だったようです。この箇所は次のポリシー改版で訂正されるそうです。
なお、クロスプラットフォームなDRMソリューションには既にAdobeやiDOCが提供するものがあります。 - 透明テキストに対応しているビューワがほとんど存在せず、全文検索が利用できない
が挙げられてるわね。
コメントも読んでみたけど、既存書店がPDFのコンテンツ販売に対応するのは意外に難しいらしいわ。
- ろす
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ふむぅ、いろんな要求がありますなぁ。
で、今日のところはこんな感じでいいかな。
- 電書ちゃん
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なかなか具体的な内容に入っていかないわねぇ。
まだツッコミ足りないんだけど。
これで自炊本みたいなコンテンツができちゃうわけだけど、EPUBとしてはそれでいいわけ?
ページ画像貼り付けただけのコンテンツなんて、アクセシビリティとか検索とか、どうすんのよ?
それから Barnes と Nobleなら、やっぱりBarnesが「攻め」でNobleが「受け」なのかしら?
- ろす
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最後の質問を除いて、そのうち話題にしたいと思います。